「ディスレクシア」という言葉を聞いたことがありますか。
これは、文字の読み・書きに困難を抱える障害のことです。有名人にも多く、スティーブン・スピルバーグやトム・クルーズもそうだと言われています。発達障害のひとつで、学習障害の位置づけにはなりますが、「読み書き限定」の障害であり、知能面には問題がない場合が多いのです。
経営する塾に、ときどきそのような問題を抱えるお子さんが来られることがあります。たいてい、保護者の方は「集中力がないのですが…」と困りきって、連れてこられます。
でも、問題は実は「集中力がない」ことではない場合があります。
そういうお子さんはまず、文字が正確に読めないことが多いです。読めることは読めるのですが、非常にたどたどしくて、危なっかしい読み方です。文字を読むだけでせいいっぱいですから、文の意味を把握する前に疲れ果ててしまいます。文末までは集中力が続かず、どうやらところどころ創作を加えながら読み切っているようです。
そして、字を書くのにも非常に時間がかかります。ひらがなでもかたかなでもすらすら出てくることはなく、そのつど文字を思い起こしながら書いているようです。
しかも、その程度には、個人によって相当ばらつきがあります。
たとえば、文字の読み書きはむずかしいのだが、数字は読める。計算はざくざく解いていくのに、ひらがなを書くのにつっかえる。大きな文字は読めるが、小さな文字は読めない。短い文は読めるが、長文は難しい。漢字は読めるけれども、書くと、似ているが違う字になってしまう。
このようなお子さんを前にしたとき、はたしてディスレクシアなのだろうか、それとも勉強そのものがわかっていないのだろうか、またはふざけているのだろうか、単に怠けているだけなのだろうか…といろいろな可能性を視野に入れながら、時間をかけて観察します。日によって、気分によって違う状況を見せることもありますから、見極めがとても難しいのです。
もちろん、一定の期間、よくよく観察すれば、その子が特にどの部分に困難を抱えているか、わかってきます。ディスレクシアだな、と確信が持てれば、その子に合うように指導を変えます。
たとえば、国語の文章題では、問題文となっている物語を読んでやります。物語の内容がわかるとたちまち笑顔になって、どんどん答えを出し始めます。算数でも、文章題を音読してやるとすいすい解き始めます。文字を書く場合にも、最初の一画だけをなぞれるように下書きしてやると、字を思い出すきっかけになるのでしょう、喜んですらすら書いています。もちろん、なみなみならぬ集中力を発揮して、です。
「集中力がない」のは、文字が読めない・書けないために、勉強がおもしろく感じられないからです。
誤解されやすいことが問題
このように、ディスレクシアには、「周囲に理解されにくい」という大きな問題があります。
見た目にはなんの問題もなく、生活もふつうに送ることができますから、周囲が気づくのは早くても幼稚園、遅ければ小学校に入ってからです。
幼児さんのころどんなお子さんだったか、保護者の方にお話をお聞きすると、本を読んであげても喜ばない、それどころか泣き出してしまう子だったという話を聞くことがあります。
たいていの保護者の方は、「小さいころから本を読んであげましょう」と「絵本の読み聞かせ」を世間から推奨されています。そのとおり実践しているのに、まったく喜ばないどころか泣き出す…これでは、自分の子育てが間違っているのだろうか、と逆に自分を責める結果になってしまいます。ディスレクシアは日本ではあまり有名な障害ではありませんし、難しい数式や漢文が理解できないならともかく、まさか「字を読む・書く」という初歩の初歩に障害があるなんて、思いもしない保護者の方が多いのです。
こういうお子さんは、小学校に入っても、読めない・書けないために勉強に興味が持てず、注意散漫になりがちです。教科書が読めない、黒板に何が書いてあるかわからない、ノートもとれなくて困っているのに、「やる気がない子」とか「困った子」として扱われてしまいます。保護者の方も、学校の先生に「集中力がありません」と言われれば、まさかディスレクシアだとは夢にも思わず、「うちの子は集中力がないのだ」と落ち込んでしまって、根本的な原因にたどりつかないことがほとんどです。
さらに、ものの見え方は非常に個人的なことなので、子ども自身が気づいて大人に説明することがむずかしい場合が多いことも大問題です。
字がゆがんで見えていても、二重に見えていても、光って見えなくても、その子にとっては生まれたときからそう見えていてそれがふつうなので、まさか他人には違うように見えているなんて、思いもしないのです。
ですから、子どもが何かへん…と思ったら、周りの大人がよくよく観察して、気づいてやるしかないと思います。
残念ながら、ディスレクシアは文字の見え方の特性なので、練習してもよくなりません。たくさん文を読ませることで克服しようとか、すいすい書けるようになるまで何回でも字を書かせようとか考えると、結果的にその子に自信をなくさせ、勉強嫌いにしてしまいます。ディスレクシアに必要なのは、適切なサポートです。一緒に文を読んでやること。一緒に文字を書いてやること。それも何度でも、です。その子ができないのは読み書きだけで、ほかにたくさん能力があると周りが気づいてサポートをしていくことで、その子はぐんと生きやすくなります。
ただ、長い目で見ると、やはり早いうちに専門家に相談されることをおすすめします。その子にあった指導を受けることができ、症状が緩和される例があるからです。
本当は能力があるのに、「読み書き」という基本の「き」のところでつまずいて、その能力を伸ばしきれていない子どもがいることを知って、この文を書きました。すべての子どもには伸びるチャンスがあります。そのチャンスを、大人が与えてやってほしいと思います。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。