最近の「流行」なのか、経営している塾に来られる保護者のなかに、「先取り学習をしたい」とおっしゃる方が多い…という印象を受けています。
わたしの塾では基本的に、先取り学習は行いません。学校の学習指導要領など長く活用され続けている学習カリキュラムというのは実によくできています。子どもの成長に合わせた学習内容が、最適のタイミングで学べるようになっているのです。
たとえば一般的に、小さい子どもは自分の年齢以上の数がわからないと言われています。1歳ならひとつ、2歳ならふたつ、3歳ならみっつ。それ以上の数は「たくさん」になります。ですから、数の勉強をさせるときも、その数が基準になります。それ以上の数は実感として理解できないため、勉強しても意味がないのです。
小学生もそうです。1年生で扱う数字は、120まで。2年生でやっと1000になります。遠足のおやつが200円、これは1年生にも理解できる、よくできた数字なのです。
年齢に即した勉強をさせると、たいていのお子さんは「簡単、簡単」「楽しい、楽しい」と言って、喜々として取り組みます。これは指導をするわたしにとって、理想的な状況です。リラックスしているときがいちばん脳が働きますから、学習の成果も上がり、定着もしやすいのです。全員がそういう状況で勉強できるように、知恵をしぼって内容を吟味しています。
ところが、子どもが「簡単、簡単」と喜んで勉強していると、保護者の方は「許せない。お金を払っているのに、簡単な勉強をさせるなんて」と思ってしまうようです。そして、「もっと難しい内容をさせてほしい」と言い出します。勉強は「難しくなければ」「がんばってしなければ」という思い込み、そして「自分もそうやって勉強してきた」という自負があるのでしょう。
しかし、なぜ、勉強が簡単ではいけないのでしょうか。勉強を楽しんではいけないのでしょうか。幼児さん~小学校低学年の子どもにとっては、勉強はまだまだ遊びです。そして、勉強が「簡単、楽しい、もっともっとやりたい」と思ったその記憶が、あとあとの長く、ときにはつらい勉強を、支えていくことになるのです。
先取り学習は、成長にあわない学習に無理やりチャレンジさせる勉強法です。つまり、頭のよしあしよりも、メンタルの強さが試されることになってしまいます。メンタルが弱ければ、たちまち挫折します。「難しい」と泣き出したり、「やりたくない」と駄々をこねる子も出てきます。せっかく「もっと勉強がしたい」と塾に来たのに、勉強がきらいになってしまう。こんな悲しい悪循環があるでしょうか。
先取りさせておけば、あとあと楽なのでは…とお考えになるかもしれません。けれども、楽にはなりません。逆にしんどい思いをして、得るものは少しです。「難しいものにがんばってチャレンジする」ことができるのは、いくら早くても、精神力が強くなってくる小学校高学年以降だと考えています。
「知っている」と「勉強ができる」は違う
もうひとつ、保護者の方が先取り学習に熱心なのは、「知っている」ことと「勉強ができる」ことを混同しているからではないか、と思っています。
小さいのに「漢字が書ける」、それは単に知識があるだけで、勉強ができるかどうかとは関係がありません。小さいのに「たし算ができる」、これもたし算の意味を理解しているわけではありませんから、まったく意味がありません。「身についている」ことと、ただ「知っている」ことは、まったく意味が異なるのです。そして、「勉強ができる」とは、「内容を理解して知識を自由自在に使える」ことを言うのです。
幼児さんが得意げに、1の段の九九を暗唱してくれることがありますが、まるで「おさるの芸」を見ているような気持ちになります。確かに幼児さんがちょっとでも九九を言えれば、「うちの子、できる」という、保護者の方の「安心」にはなるかもしれません。けれども、身にはついていませんから、なんの意味もありません。そして小学生になり、かけ算の勉強をするときには、「1の段の九九が言える」と筋違いの自信を持っているために、なめてかかって、結局九九を覚え損なうことにもなりかねません。
できたから先へ、と急ぐのではなく、年齢相当のことを、深くできるようにすることのほうが大切です。言葉を覚えるようになったら、しりとりやかるたをやって、語彙を増やす。数を数えられるようになったら、花の数を、虫の数を、星の数をいっしょに数える。知識を増やす方向に走らずに、深める導きをしてやってほしいのです。そして、日常生活の中で、たくさん会話をしたり、自然とふれあったり、買い物をしたりして、体験を増やしておく。今しかないその時間を、大切に過ごしてほしいと思います。いっけんまわり道に思えるかもしれませんが、それがいちばん、勉強ができるようになる近道なのです。
もし勉強をさせるなら、ぜひ「勉強は楽しい」とたくさん思わせてあげてください。「勉強は簡単」とたくさん思わせてあげてください。その気持ちを持ったが勝ち、その気持ちが長く続くが勝ち、なのです。それが、一生の財産になるのです。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。