発達障害は、緊張しすぎのせい?

緊張

天と夫には、似ている面がたくさんあります。

いちばん似ているのは顔ですが、それを除いたとしても、テレビ好き。ゲーム好き。ラーメン好き。アイス好き。夜ふかし好き。性格も、暗くはありませんが社交的というわけでもなく、感情を表に出さないというところも、似ています。

行動も性格も似ているのに、夫には「発達障害感」を感じたことはありません。なのになぜ天だけに、「発達障害感」を感じるのだろう…

ずっと、不思議に思っていました。

世の中には、ほかにも風変わりな人はたくさんいるのに、なぜ天の風変わりさだけを発達障害のせいだと思うのだろう。

思い返せば、今は成人している天兄も、成長の途中で、大丈夫かな?と思うことはいくつもありました。

たとえば、幼児のころ、家に帰ったとたんにどんどん服を脱いでいく、という癖がありました。そしてふと気づくと、すっぱだかのまま過ごしているのです。

けれども、この突飛な行動を見ても、「発達障害かも…」と悩むことはありませんでした。「そのうち服を着るようになるだろう」と気楽に考え、楽観的に見ていたのです。実際、小学校高学年になるころには服を着るようになりました。本人が言うには、「寒さを感じるようになったから」だそうです。

では、天の不思議な行動を見るたびに「発達障害?」と疑ってしまう、その理由はなんだろう?

長い間考えてきましたが、答えは出ませんでした。けれども最近になって、これなのでは!と思う答えが浮かび上がってきました。

 

スポンサーリンク

 

 

それは、過剰な緊張感

天には、過剰な「緊張感」を感じます。それも、心と身体、両方です。

天に声をかけるたび、びっくりされます。それはたぶん、いつも周囲に対して薄いバリアを張っているからだと思います。びくびく、おどおど…と言うとおおげさですが、他人を拒否するような、自分の中だけにいつも集中しているような感じがあります。その緊張が、目つきや表情、しぐさを「なんかへん」なものにしてしまう。つまり、「発達障害」感をかもし出しているのではないか、と思うのです。

「緊張している」と考えてみると、天の不思議な行動にも、説明がつきます。

緊張していれば、人と素直な気持ちで会話をするのはむずかしいのではないでしょうか。人の言葉にいちいち敏感になって深読みしたり、傷ついたりして、会話を楽しむ余裕はありません。自分の意見を言うのもむずかしいのではないでしょうか。

緊張していれば、夜なかなか眠れないのも当然です。緊張が抜けないために寝付きが悪くなり、深夜を過ぎてようやくぐっすり眠れているとしたら、眠りのピークがずれこんで、朝起きられなくもなるでしょう。

緊張していれば、好き嫌いなく食事をすることもむずかしいと思います。そもそも食事を味わう余裕はないでしょうし、のどを通すのがやっと、ではないでしょうか。はじめての食べものになかなかチャレンジできないのも、極度の緊張によって心が縮こまり、臆病になっている可能性があります。

そして、天はすぐに「疲れる」と言います。子どもなのに、首や肩がこっているようでもあります。もし緊張状態が一日中続いているとしたら、感覚は過敏になり、反対に全身は固まって、心も身体もぎくしゃくして当然かもしれません。

 

スポンサーリンク

 

 

…と考えると、緊張は発達障害のさまざまな症状と密接に関わりがあることがわかります。

もし、天がリラックスしていて、声をかけたとき、「はい」と返事をして、まっすぐこちらを見たら。

もし、肩についたほこりを払ってあげようとして、びくつかれなかったら。

もし、帰ってきたとき、「うえーい」という意味不明の音を発するのではなく、「ただいま」と言ったとしたら。

テーブルの上に並べられた夕食のお皿たちを、値踏みするように、目を細めて点検しなかったら。

わたしはきっと、天の発達障害を疑ったりしないでしょう。

もちろん、発達障害のすべての問題が、緊張から来ているわけではないと思います。けれども、ひとつの可能性として検討することは必要であると思っています。天のような、グレーゾーンの場合は特に、です。

 

緊張とはなんなのか

ではいったい、緊張とはなんなのでしょうか。

わたしが最初に「緊張」について考えたきっかけは、数年前になりますが、宇宙飛行士の若田光一さんのインタビューを見たことです。若田さんはそこで、宇宙飛行士に必要な要素として、「いつもリラックスしていること」を挙げたのです。

この答えに、わたしは非常に驚きました。

若田さんは、「宇宙ではどんなことが起こるかわかりません。そのときにリラックスしていないと、落ち着いて必要な対処ができない」と言ったのです。わたしは逆ではないか、と思いました。つまり、「常に緊張して神経を研ぎすませていないと、非常時の対処はできない」と考えていたのです。

でもそのあと、この件について考えを深めていくうちに、若田さんの言葉のほうが正しいのではないか、と思うようになりました。

緊張していると、非常時にはさらに緊張が増してパニックになるだけではないか。冷静に判断を下して行動に移すには、頭がほどよく冷えており、身体に柔軟性があることが必要で、つまりそれは、リラックスしている状態、ということではないか。

さらにこのころ、「アレクサンダーテクニーク」という技法との出会いがありました。身体には常に緊張があり、それを解消することで本来の身体の動きを戻すことができ、パフォーマンスが向上したり肩こりや腰痛の改善を期待できる、というものです。

身体には常に緊張がある…?心ではなく、身体に?

わたしはそれまで、緊張とは心の働きだ、と考えていました。身体は骨と筋肉でできており、その筋肉を伸ばしたり縮めたりという動作をするためには力が必要なのだから、緊張するのは当然で、わざわざ緊張とは呼ばない。そう考えていたのです。

身体の緊張とはなんなのか知りたくて、しばらくレッスンに通ってみました。

レッスンはマンツーマンで、教師の方の指示のもと、いすに座ったり立ったりをくり返します。このシンプルな動作をしながら、座面が自分の重さを受け止めてくれていること、自分のまわりに空間があることなどを感じていきます。心を落ち着けて、まわりを感じることで、「自分の力で、がんばって座っている」という気持ちが薄らいでいきます。そして、自分以外のものへの信頼感が生まれたとき、身体のこわばりがすーっとほどけていきました。緊張は、確かに身体にあったのです。

緊張が解けると、身体が軽やかになり、動かしやすくなります。呼吸もしやすくなります。そして、心にも余裕ができてくるのです。

緊張の力ってすごい…いやいや、リラックスの力がすごいのか。

としたら、天からあふれてくる緊張感を、なんとかほどいてやれないだろうか。

なぜ緊張が起こるのか、については、不安感やトラウマ、日々の刺激などさまざまな考え方があるようです。ただ天を観察していると、生まれつき緊張しやすい性質のように思います。つまり、発達障害の傾向がある、ということです。

ふつうより緊張しやすい傾向があるとしても、その緊張をうまく解消してやることができれば、天に、心身ともに大きな変化が表れるのではないでしょうか。

けれども、いったい、どうしてやればいいのだろうか。若田さんの言葉が天に響くとは思えません。また、アレクサンダーテクニークのレッスンは、天には興味は持てないでしょう。

それで、一週間ほど前から、朝起きた天の首や肩をもんでやることにしました。

朝はいつも時間ギリギリに起きてきますから、長い時間ではありません。けれども、いくら時間がなくても、この「もんでもらう」時間を、天はけっしていやがらないのです。

そういうわけで、この一週間、続けていますが、何が起こったか、お知らせしましょう。

家を出ていくとき、天が「行ってきます」と言うようになりました。それまでは、ぼそっと「じゃあ」みたいな声だけを発していたのに、です。

それは、すごくうれしいことでした。「コミュニケーション」が成立したと、感じた瞬間でした。

きっと、緊張をとるということは、「緊張をとる」という行為をするのではなく、安心感を与えることなのでしょう。内面から生まれ続けてくる緊張をとり去ることはむずかしくても、安心感を与え続けてやることは、親にできるのではないでしょうか。

もちろん、この「よい調子」がずっと続くかどうかはかりません。けれども、わたしの気持ちが続く限り、天に「首と肩をもむ」という安心感を与えてやりたいと思っています。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

 

スポンサーリンク

 

 

 

学習塾を経営しながら、発達障害グレーゾーン中学生の息子・天を絶賛子育て中。 楽しかったり楽しくなかったり、うれしかったりうれしくなかったりする天との毎日を、母の目から率直につづります。