毒親かく語りき

 

わたしの母は毒親です。

むかしからもしや…と疑ってはいましたが、娘としては、親がまさか毒親だなんて思いたくはありません。親の言葉や態度でずっと傷ついてきたのに、それを認められず、友人に対しては無意識に「うちの家族は完璧だ」と語っていたようです。むかし人気があった海外ドラマ「大草原の小さな家」のように愛に満ちた家族だと。それは真実ではなくて、理想に過ぎなかったにもかかわらず。

その後勉強を重ねて、母=毒親と認知を改めたわけですが、今もわたしは毒親につきあわされています。毒親感炸裂の言動に驚いたり傷ついたりはしつつも、ほどほどに距離をとり、適当にやり過ごしています。今後の母の態度しだいでは、いつでも絶縁する覚悟もできています。さて今回は、その毒親が見せる信じがたい行動の数々の、ほんの一部をご紹介します。

①電話ガチャン

母からはよく電話がかかってきます。そして、こちらの都合に関係なく、一方的にしゃべりまくります。

人の話はまったく聞きません。ほぼ息つぎなしに、自分の話だけを延々と続けます。

そして、自分の話が終わると「ガチャン」と切ります。

話の途中、「それ、ちょっとどうかな。考え直したほうがいいのでは?」などとわたしがつい意見してしまったときも、「ガチャン」と切ります。

先日仕事が遅くなり、大急ぎで晩ごはんを作っているときに電話の呼び出し音が鳴りました。母からです。母からの電話のときはぴんとくるのです。ごはんを早く天に食べさせたかったので、「あとで電話するって言って」と代わりに天に出てもらったのですが、天が首をかしげていました。

「おばあちゃん、『本当に電話してくるやろね』ってキレてたけど、なんで?」

娘を信じていないうえに、自分が話したい「今」話せないと、機嫌が悪くなります。毒親は自分の思いどおりにならないとすぐにキレます。

②人の幸せは絶対喜ばない

長男が就職し、ゴールデンウィークに帰省して、はじめてのお給料で家族に焼き肉をおごってくれました。

買いたいものもあるだろうに、まずわたしたちのためにお金を使ってくれるようなやさしい人間に育ってくれたことがうれしくてうれしくて、母にその話をしたのです。

すると母はたちまち冷ややかな口調になり、「親孝行するのもいいけれども、わたしたちのことを忘れてもらったら困る。焼き肉はいらないから何かあまいものでも持ってこないとだめでしょう。本人はまだ若いから気がつかないかもしれないけど、親はきちんとそういう指導をしないと失格」と言われました。

母がわたしの幸せを喜ばないことはうすうす感じていましたが、母も年をとり、からだを悪くしていることもあって、ひとに対する感謝の気持ちはもうじゅうぶんに母の中に育っていると思いこんでいました。

けれども、違いました。母はやっぱり、母でした。

③娘の手柄は自分の手柄

わたしは仕事の合間に作家活動をしていて、プロにはなっていないものの、いくつか賞をいただいています。

前にいただいた賞では、それなりの賞金がありました。

その金額を知った母は、

「へー、そんなにあるの?」

と目をまるくしたあとで、にっこり笑って「豪遊しようか?」と提案してきました。

予想外の提案に、わたしはびっくりして、まじまじと母の顔を見返してしまいました。

わたしのお金の使い道を、なんであなたが決めるのや?

もちろん、母との豪遊には使っていません。

しかし、

「早く林真理子みたいに稼いで、わたしたちに楽をさせて」

としつこく言われています。

 

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④トラブルで大騒ぎ

母はトラブルが大好きで、いつも大騒ぎします。大はしゃぎと言ってもいいかもしれません。出番がきました、とでも言いたげです。うるさくてまともな判断ができなくなるので、トラブルはできるだけ知られないようにしていますが、ときどきは知られて困った事態になります。

たとえば昨年の、天のアトピーでの入院です。入院するまでは、天のアトピーがどんなにひどくても、どこ吹く風~の母でした。ところが天が入院したことを知ったとたん、毎日電話してくるようになりました。

「天ちゃんはどうなの?」

そのころはコロナで面会制限があり、着替えなどを天に手渡す一瞬しか顔を見ることができませんでした。毎日先生と話せるわけでもなく、報告できるような劇的な変化が毎日あるわけでもありません。それで、

「よくはわからない。先生みずから薬を塗ってくれたりしているみたいだけど」

「先生と天を信じるしかない」

「今のところはそう変わっていない」

「だんだんよくなると思う」

などと、適当に返事をしていました。実際そうとしか答えられなかったからです。それでも母からは毎日電話がかかってきます。そしてとうとう、母はキレました。

「なんでそんな適当なの!親でしょう。心配じゃないの?」

いや、親だから、冷静に経過を見つめているのです。

わたしからすればむしろそれまでの、眠ることもできずに薬を塗ったり背中をなでたりしていたときのほうが壮絶にたいへんで、そこを知らん顔していたのに入院と聞いたとたん一大事だとばかりに突然参入してきて大騒ぎしている母のほうがおどろきなのです。

入院した以上は、経験を積んだプロの先生たちがきっとなんとかしてくれる。そう思って、わたしは肩の荷が下りた気がしていました。それをなんで今さら?

⑤人のせいにする

母が腰を打って入院しました。

わたしは忙しかったことやなんだか母に会うのがおっくうになっていたこと、そのうえ病院内でコロナ患者が出て面会が制限されたのをいいことに、お見舞いに行っていませんでした。

しばらくして院内でzoom面会のシステムが整い、家族で画面越しに母と対面しました。

ひさしぶりに顔をあわせた母に言われたことは、

「あんたが見舞いに来ないからよくならない」

でした。

⑥そんなはずない

母は常識や世間体や、「だれか偉い人」の言うことだけをありがたく受け取り、個人の感情をまったく尊重しません。

わたしが感想や意見を言おうものなら、いつも「そんなはずない」と一蹴します。もちろん常識や世間体やだれか偉い人の意見に照らし合わせて、です。

子どものころ、わたしはキャベツの千切りが苦手でした。かんでいると口の中がぴりぴりと痛くなるのです。何かアレルギー反応が起こっていたのだと思います。

それを母に伝えたところ、母の返事はひとこと

「そんなはずない」

でした。

実際に痛いから言っているのに、子どもの言うことを素直に聞いて受け取ろうという気持ちは、母の中にはありませんでした。母にはずっと、何を言っても「そんなはずない」と「ないこと」にされてきました。それがどんなに子どもの心を傷つけるか、母には想像もできなかったと思います。

 

今回は以上としたいと思います。

まだまだ続くかもしれません。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

 

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学習塾を経営しながら、発達障害グレーゾーン中学生の息子・天を絶賛子育て中。 楽しかったり楽しくなかったり、うれしかったりうれしくなかったりする天との毎日を、母の目から率直につづります。